2014年2月9日日曜日

ゴーストライター

耳が全く聞こえないという作曲家、いわゆる現代のベートーヴェンが週刊誌の告発を受けて、自ら他人に作曲してもらっていた、と明かした。
それだけでなく、代わりに作曲をしてもらっていた人、ゴーストライターからいろいろなことを公に告白されてしまった。
作曲どころか、音符も書けない。
ピアノもちょこっとしか弾けない。
耳は、どうやら普通に聞こえているそう。
要するに、ベートーヴェンどころか、全く普通の人だということが判明してしまったようだ。
ペテン師なる人の、化けが剥がれた瞬間である。
ペテン師のインチキの話しというのは、はたから見ると非常におもしろい、娯楽性にあふれるものである。
オウム真理教や統一教会、または創価学会に至る、各新興宗教に関するニュースは、みな娯楽性にあふれるものではないか。
ちょっと前の映画、いろいろなハッタリで生きていった、catch me if you canという映画で大いに楽しんでいたではないだろうか。
ここにはすべての音楽家にとって、直面すべき問題が多々ある。
なぜ、ゴーストライターが20曲で70万円という、アルバイトで書いていた音楽、が18万枚も売れるヒットになったか。
自分に全く音楽に才能がない人間が、金を払って曲を作ってもらい、実際それを売って、作曲家として大金を稼いだこと。
現代のベートーベン氏なる人は、音楽界のマーケティングなるものを、完全に制覇していたことになる。
人が聞きたい音楽を世に出し、全ろうあであり、苦しみながら作品を書くという自分を作り上げ、20年近くも作曲家として生きてきた。
今さらながら、曲そのものに価値があるのかないかは、議論する意味がないと思う。
個人的には、ゴーストライターさんは当然、現代のベートーベンさんにも怒りは全く湧かない。
インチキで音楽家として生きているような人は、そうでない人より出会う機会が多いではないか。
理解できない、というより自分の怒りの先は、そういうCDやコンサートをしていた団体であり、彼らが手のひらを返したようにキャンセルしたり、販売をストップしたことだ。
なぜ?
こういう時こそ、CDなぞは一番売れるはずではないか。 これからの売り上げが、ゴーストライター氏の手に、または震災地の人々の手に渡るような、アイディアはなかったのか。
いずれも、普通に考える、資本主義では考えられない結末である。
世論がそう望むから、とでも言うのであろうか。
世論なぞは、所詮マスコミが自由にコントロールしているのではないか。

0 件のコメント: