息子は最近よくいく、海岸線での散策で歩きたがらない時がある。普段は元気な子供で、4月からもう熱にかかっていないくらい体の方も丈夫になってきたようである。親の心配事は常にTGAの手術後の経過で、年に一度の心エコーの診察では心配になってくるものである。急にしゃがみ込む動作はもしかして、大動脈の狭窄が原因ではないだろうか。
そういうわけで、急遽わが家の英雄である、ドットール・ルイ・アンジュス先生に診てもらうことになった。結果は、心臓の穴はほぼ完全にふさがっており、弱々しかった弁は元気に動いており、血の逆流もほんのわずかに認められるのみ、ということである。
前回の診察でも100点満点であったが、今回はさらに状態は良くなっているということである。歩きたがらない、疲れを見せるそぶりは心臓ではないから、心配しなくて良いと言われた。息子は、小児心臓外科の優等生である!
12月の、年に一回サンタクルス病院のスタッフに顔を合わせるクリスマス会では息子の成長ぶりを披露するのが楽しみである。そのイベントには、パパが音楽家として参加することになっている。それは、許される限りずっと続けていきたいものである。
2歳9ヶ月になろうとする息子は、言葉の方もだいぶんポルトガル語中心に発達してきたが、まだ学校での出来事を詳しく話せるくらいではない。「今日どっかイタイイタイした
か?」の質問には答えられるようになったきたが、「誰がやったの?」の問いには決まって好きな女の子の名前をいう。本当かどうかわからないが、「イタイイタイ」の箇所、挙げ句の果てには虫刺されのあとまで全部その女の子が原因ということなので、冗談なのかもしれない。転校先の学校の先生方は、日々の出来事を話してくれるが、親の直感で前の学校でのように都合のいいことを並べているのではないようだ。
夏休みの間、一度もうまくいかなかったトイレトレーニングが進んで、もう少しでオムツが取れるかもしれない、というところまで来た。学校ではオムツを使わずでいる。感謝である。
例の週末の散策では、決まって海岸線に沿って歩いて20分の子供用の遊び広場に向かう。そこでは女の子たちには何か吠えておどかし、学校の友達に会った時には追いかけっこが始まって親の手に負えなくなるくらい活発である。
2012年10月15日月曜日
2012年5月9日水曜日
保育園
9月から息子の学校(保育園)を変えることに決めた。今通っているところは2年前申し込みの際いきなり事務の女性が息子のことを「心臓の子」と呼んだところである。
最初に心臓手術の話を詳しくした自分たちがいけなかった。そもそも父親が日本人であるハーフの子なので担当の先生からも「中国人ちゃん」とときどき呼ばれているような学校である。あまり2歳の子のことなので親がまだそんなに感傷的になることはないと思っていたが、そういう人たちのいるところはほかにも問題が出てくるものである。事務の女性とは何度か言い合いになった。
3月には来年度のこと、継続するか否か決めないといけない規則なので、ヨメを相談してほかのところを探す旨を伝えたところ、しばらく自分たちがどれだけ気を使って世話をしているか、と言うことをがんばって主張していた。
やっと今月に入って次のところを見つけて申し込みを済ませてそれを伝えると、今度は打って変わって冷たい態度を取り始めた。息子自身はどういう扱いを受けているのか心配だが、せめて普通に今年度末の7月まで頑張ってもらいたいものである。
最初に心臓手術の話を詳しくした自分たちがいけなかった。そもそも父親が日本人であるハーフの子なので担当の先生からも「中国人ちゃん」とときどき呼ばれているような学校である。あまり2歳の子のことなので親がまだそんなに感傷的になることはないと思っていたが、そういう人たちのいるところはほかにも問題が出てくるものである。事務の女性とは何度か言い合いになった。
3月には来年度のこと、継続するか否か決めないといけない規則なので、ヨメを相談してほかのところを探す旨を伝えたところ、しばらく自分たちがどれだけ気を使って世話をしているか、と言うことをがんばって主張していた。
やっと今月に入って次のところを見つけて申し込みを済ませてそれを伝えると、今度は打って変わって冷たい態度を取り始めた。息子自身はどういう扱いを受けているのか心配だが、せめて普通に今年度末の7月まで頑張ってもらいたいものである。
2011年4月1日金曜日
転校生
ヨメの勤務先が4月から変わることになったので、必然的に1歳3ヶ月になる息子も「転校」することになった。半年ほどお世話になった前の保育園では特別かわいがってもらい、別れは親にとってつらいものだった。
さて新しい保育園は家からすぐ近くなので、これから1時間以上のクルマでの「通学」時間はなくなる。さして広くもないところだが、家の付近は緑にも囲まれ、海にも近いので、これから夏にかけては外で遊ぶには最適の時期になる。
転校生の初日は全く問題なかった。昼食もミートスパゲッティと家でも食べたことないものだったが、フォークを使って一人で食べていたという。後は遊び道具と、にぎやかな同級生としっかりした先生がいれば息子は満足すると思うので、とりあえず一安心。
2010年10月14日木曜日
常識の違い
もともと、あの三船敏郎も出演しているアメリカシリーズドラマ「将軍」からの知識だが、その昔ヨーロッパでは同じ服を何カ月も着続け、めったにはいらないお風呂もその服を着たままであったという。主人公のイギリス人は到着先の日本でお風呂に入れられるシーンで「病気になってしまう」と言って阻んでいた。「日本人は清潔好きだ」というのはマルコ・ポーロも書いた。
この現代社会でも一週間に1,2度しかお風呂に入らない人がいる、というのはこちらヨーロッパで生活している人ならときどき耳にすることだ。生粋のヨーロッパ人であるヨメはその話になるといつも「自分たちの家族は曾祖父母の代から日に2度お風呂に入っていた」と言う。
習慣も人それぞれ、ということになるがつい先日、息子の預け先の保育園でどうしてもわかってもらえない一件があって、この「将軍」でのエピソードを思いだした。
息子は朝早く保育園に送り出すが、夕方6時に迎えに行く際いつも預けた時と同じ服を着ている。何度も送迎係のヨメにお昼寝の後は着替えをしてもらうように頼んでもらったのだが、依然として同じ服で帰ってくる。一カ月してから父親の自分がその件だけのために直接出向いて話したところ、しばらくはしぶしぶ着替えてもらえるようになった。
先週は息子の調子が悪く、せき込んで朝から熱があったりして毎日保育園に行くか行かないか決めかねないという、その状態の赤ちゃんがまた同じ服で帰ってきた。朝は肌寒く、昼間は暑いというこの時期である。理由をきくと、「着替える際に肌が風に当たって良くない」という。病気にならないために同じ服を着続けるという理屈は先の16世紀のヨーロッパ人と変わらないではないか。
赤ちゃんには一日に何度も着替させてあげるというのは「淋浴」という常識ではなかったか。しかし何人のポルトガル人の友人に聞いてみるとそういう習慣はないという。当然保育園では話が通じなかったわけだ。保育園で怒る父親はさぞかし非常識に見えただろう。
2010年6月9日水曜日
細気管支炎
夏の終わりに息子は保育園に預けられることになる。身がよじれる気分だが、ヨメもやはり仕事に復帰しないわけはいけないのでどうしようもない。当初の予定だった自宅近くの保育所より、ヨメの仕事先の近くのほうに決めることにした。施設は室内が明るく、清潔そうで、壁にはきれいな絵が描かれている。何よりスタッフの人材が良さそうな気がする。本当にこれでいいのだろうか。心は決して明るくない。
TGA患者の幼児にとって、命取りになりかねない感染性の病気は「細気管支炎」という。予防できるものなら、なんでもするつもりである。サンタクルス病院では退院後すぐ、予防接種を2度にわたって受けた。生後6か月までが最も危険というから、これから夏の季節でもあるしひとまず安心だが、ちょうど保育園に通い始める9月から生後1年になる1月までは危険な時期だ。
登録:
投稿 (Atom)