アントニオ・オリヴェイラ氏、または一般に知られているトニ氏はいわば国民的英雄である。劇場の同僚の家主さん、という関係でオペラに何度も家族同伴で来ていただいた。
上演後の歌手やスタッフの食事会にも気軽に同伴し、まさしく普通の人のごとく、誰とでもいろいろ雑談ができる気さくな、人格者である。
食事会までの徒歩での道のりでは、少年グループに見つけられ「トーニ、トーニ」とシュプレヒコールを受けていた。何度も共にしたレストランでは隣に座ったとき、いろいろな話を自らしてくれた。ベンフィカでは選手としても監督としても2年に一度は常にタイトルを獲得してきたこと、選手時代は常に最後の力を振り絞って走りまくっていたこと(中盤のディフェンダーであった)、出身地はコインブラで実はベレネンセスのファンであったこと、中国のクラブを指揮したこともある話など、ベンフィカのファンなら感動するようなことを普通に話していた。
サッカーの試合にも劇場の同僚と共に誘っていただいた。ベンフィカの本拠地、ルーシュには一緒に行こう、と言ってもらい地下鉄の駅で待ち合わせをした。駅に着くと、出口の向こうにトニが普通に立って待っていた。シュターディオンまではそこから徒歩10分だが、さすがにいろいろなファンに話しかけられたり、サインを求められたり、記念写真をお願いされたりして時間がかかったが、常に普通に対応していた。驚くことに、嫌がらせに来たり、野次を飛ばすような人は全くいなかった。
シュターディオンの入り口は混雑していて、一人一人ボディーチェックが行われていたが、トニと一緒にいたのでそれは免除させてもらった。シュターディオンではスポーツカーの座席を模した、あるいは同じ物を使った席に座り、グラウンドがまさしく舞台に見えるすばらしい眺めであった。
当時のベンフィカは成績が芳しくなく、下位相手に苦戦していたが、ここぞとばかり隣に座るトニに質問を浴びせてしまった。ただの一ファンである自分の意見にも丁寧に答えてくれた。ひょっとして、こういう体験を毎週させてもらったらサッカーの監督になれそうな気がした。
前半が終わる5分前に席を立ってブッフェに行こう、とこっそり言ってきた。未だガラガラのホールで食事に手を付け始めたが、しばらくすると人でいっぱいになった。意外なことに、みな静かに話をし、よく競技場の観客席でみかける興奮状態の変な人はいなかった。
試合が終わったあとも、駅まで一緒に歩いてくれた。またいろいろなファンに足を止められあまり話はできなかったが、まさに国民に愛されているのがよくわかり、それに気さくに応じるトニ監督の人の良さも、印象深かった。
その後アラブのどこかのチームの監督に呼ばれたようで、試合も見せてもらったのもオペラに来てもらったのもそれっきりになってしまったが、今でも時々テレビにコメンテーターとして出てくる。
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