2012年3月11日日曜日

震災後・その他

3月11日は震災後1周忌いうことであちこちでイベントがあり、新聞には著名人のコメントで賑わっていた。どこにどう使われるのか、億単位の寄付をする人は公に発言しわざわざ金額までしっかり新聞に載る。寄付という行為はそういうものだろうか。そのような金額には縁がない自分には寄付を公にするという行為がなんだか理解できない。イベントにボランティアで参加する人達のなかにはその行為により社会的な評価を得よう、または商売人の間ではこの機会にいいイメージを売ろう、という魂胆が隠れ見えていることもある。

自分自身、去年ぜひ追悼コンサートを、と思いジナジオ・オペラを通じ具体的な計画まで立てていたが、結局実現までいかなかった。何人かの音楽家同志からボランティアでの参加意思を受けていたのにかかわらずである。残念だったが、所詮無力な一音楽家としてそれ以上できることはなかった。

何もしなかったのは95年だったか、阪神大震災の時も同じであった。当時実家も少なからず被害を受け、関西出身の自分にとって神戸があのような姿になってしまうのは大きなショックであった。当時はインターネットもなく情報も今よりずっと少なかったが、今回の震災後のように競うように寄付を名乗り出たりあちこちでイベントが催されたりということはなかったと思う。ウィーン音楽院の学生であった自分に追悼コンサートやらの話しは聞かなかったし、そういうアイディアも全くなかった。

ただ一つだけ当時の震災に関連してした行為がある。断食をした。14日間、ミネラルウォーターだけで過ごした。家を失った人に比べれば、よほど普通に生活をしていたと思う。

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