2010年9月24日金曜日

二重生活

二重生活といっても、仕事上の話である。

イチローのような一流の人は、一つのことを突き詰めて、向上心を常に持って「名人」の域に達する。

そうでない人は同時期に2つ以上のことをこなそうとする。器用貧乏、という言葉があるものの、器用さを利用してできることをなんでもしてしまえばいいのではないか。

2つの仕事が同じ時期に入ったとき、選択肢は3つある。2つとも断ることは今のことろまずないだろうが、良心に従ってもう一つの仕事を断るということはある。しかし時間的に不可能でなかったら、もしできそうな気がしたら掛持ってしまえ、となる。

誰にも迷惑はかけたくないが、どうしても両立に無理が出てくる。それでも、あまり時間がなく常に次に目的先がある人物であるというのは別に悪いことではないと思っている。

所属する団体の自分の立場というのは居る場所によって変わってくる。そういうところや、スケジュール上での無理も、ラテン風になんとなくのらりくらりやっていくことになる。

新シーズンが始まるまえ、ポルト方面で2つ全く別の仕事を同時期に済ませることにした。
ひとつはエヴォラ大学の同僚で友人のアルゼンチン出身のファゴット奏者、エドゥとの新レパートリーのCD録音。そこでは自分はピアニストである。

もうひとつの仕事は、ポルトの軍隊吹奏楽団とわがジナジオ・オペラ交響楽団との先日無事に終わった共同演奏会、そのためのリハーサルをポルトで行うことになっていた。

軍隊吹奏楽のリハーサルは午前中に行い、午後から夜中までスタジオ録音ということにしてもらった。録音の仕事は決定権が自分にあったオーケストラリハーサルと違いスケジュールを立てる立場ではなかったこともあって、仕事はいつまでたっても終わりそうになかった。

スタジオ録音は慣れていない自分にはとても難しい。とにかく演奏する状態が普段と全く違う。慣れ切っている残響はほぼゼロの状態になっている。ピアノとファゴットの音も別のマイクで集音されるので両楽器の間に消音壁が置かれ、演奏者間も10メートルくらいの間隔がある。目隠ししてランニングしているような感じだったが、そういうのも徐々に慣れてきた。必要以上に外に鳴らさず楽器の中だけ響かすようにすること、共演者や周りのことは気にせずとにかく真っすぐ突き進む、というのがこのようなスタジオ録音時の演奏の仕方かもしれない。普段からそうして演奏する人にはたやすいことだろう。

さて、今年に入って初めてのわがジナジオ・オーケストラの演奏会は、トマールという美しい都市であった。今回は数少ないリハーサルでも指揮者として手ごたえある成果があったが、実際客席からの印象はどのようだったのだろうか。拍手はたくさんもらったが、手厳しい指摘はいつでももらいたいものだ。
野外コンサートで音響的には恵まれなかったが、オケの人たちが作り上げた響きそのものはとてもいいものだったと思う。
リハーサル、演奏会を通じて積極的に仕事してもらった軍隊吹奏楽の方々は立派な音楽家だと思う。感謝の気持ちでいっぱいだ。

さて日々の生活のほうだが、劇場の仕事は天敵だった劇場のトップが運よく去ったので、ここ2年の立場的に不安定な状況は終わったようだ。願わくば安心して仕事ができる環境下であってほしい。
とにかく、これでこの先ドイツの小劇場に最低条件の仕事場をネット上で探す、をいうみじめな作業はしなくて良くなりそうだ。

そのせっかくの劇場の仕事だが、新しいシーズンが始まって早々8週間の間無給休暇を取ることになった。
新作オペラのプロダクションの上演がクリスマス時期にあり、それに副指揮者としてかかわることになった。新作オペラは自分にとって初めての経験だが、「現代もの」は学生時代、十八番だったはずだ。自信を持って取り組まないといけない。

大学の仕事は時間的に無理を承知でこのまま続けることにした。学生に接している自分の役割や仕事そのものが劇場のそれと違う。大学では別に大した仕事をしているわけではないが、ふと没頭して時間が経つのを忘れた感覚に陥る。

この人生、結局一つのことを天才的に成し遂げるのは無理そうだと思うので、それなら自分にできる範囲ことをなんでもするまでである。